日本の神道での三大聖地は伊勢・出雲・日向です。このページでは島根県の出雲地方で「縁結びの神様」として有名な出雲大社を中心に、国を作ったとされる大国主大神にまつわるパワースポットをまとめました。

出雲地方は古事記に書かれる神話の1/3の舞台

出雲地方は古事記に書かれる神話の1/3の舞台になっています。神々の国と言われています。

出雲大社の大国主大神は、なぜ「縁結びの神様」になったのか?

出雲といえば出雲大社ですよね。門からしても迫力があります。「縁結びの神様」として有名なので女性からも人気があります。祀られているのは国を作ったと言われる大国主大神(オオクニヌシ)。

大国主が出雲にたどり着き、国を作り、天照大御神に国を譲るまで

国を作った大国主はどんな神様なんでしょうか。大黒様と同じ神様なんでしょうか。大国主は思いやりと優しさに満ちていてすごくモテたそうです。そのため他の神々に嫉妬されていじめなどに会いました。しかし母親や恋人に助けられて迫害から逃れて、たどり着いたのが出雲地方だったのです。そして協力してくれた人たちと豊かな国づくりを行いました。しかし太陽の神・天照大御神に迫られて国を譲ることになりました(国譲り)。その代わりに最高の格式で建てられたのが出雲大社です。人間同士の縁を結ぶ神様となりました

稲佐の浜は「神々が降り立つ場所」

早朝に行くのがおすすめの神々の道です。出雲大社の西側には海があって、ここがスタート地点になります。稲佐の浜が最初のあらかたスポットです。新たな年に訪れたい、ご利益たっぷりの場所です。弁天島は存在感がありますよね。砂浜に突然現れた大きな岩。そしてその上には小さな神社があります。竹筒に海水を入れて「潮汲み」をします。この海水をまいて家の中、四方を清めます。ここは全国の神様、ヤオロズの神様が集まる清い場所です。10月になると日本中の神が集まってきます。出雲地方では旧暦の10月は神在月と呼ばれて、神様を迎える神事・神在祭も行われます。毎月一日に稲佐の浜に汐汲に来る人もいます。この清い水を手にして、そのまま出雲大社を参拝します。

神迎の道は「神々の道」

「神迎の道」は稲佐の浜に降り立った神様が、出雲大社に向かう通り道なんです。家の門などにお花が飾られていて、おもてなしの一つとして神様が気持ちよく通ってもらえるための心遣いです。神迎の道をまっすぐ歩いて行くと、出雲大社の入り口の大きな鳥居にたどり着きます。ここからまっすぐ続く参道を通って、出雲大社へ向かいます。出雲大社の本殿は出雲大社と言います。高い塀で囲まれていますが、奥の方に大国主大神が祀られています。日本じゅうの神様がこのオオクニヌシに会うために出雲大社を訪れます。普段のお参りは本殿の外からになります。ここでは4拍手します。これが出雲大社の正式な参拝方法です。

出雲大社のおすすめの参拝方法

出雲大社は正面を参拝した後、反時計回りに右に曲がってぐるっと回って行くのがいいそうです。瑞垣(みずがき)の周りから、神様の横から後ろから身近に感じながらお参りできることがありがたいのです。 本殿の西側大国主に対面できます。大抵は南側を向いている神様ですが、出雲大社では実は西側向いてるんですよ。つまり弁天様の方を向いて、全国から来る神様をお迎えしていると言われています。

旧正月グル「うず煮」

社の外側にあるお店では旧正月グルメとして「うず煮」をいただくことができます。ふぐやかんぴょうなどを入れて、「うずめて見えない」ことからうず煮と言われています。ふぐは福をもたらすと言われています。出雲大社でも旧正月の祭事に使われています。

集まった神様が最後に立ち寄る万九千神社

集まった神様が最後に帰る前に立ち寄る神社が立虫神社です。その横に万九千神社があります。翌年の吉兆を占う神事が行われています。神様がいらっしゃるのはこの扉の向こうです。大きな石があります。全国の神様が集まる磐境神籬の斎場です。ここは聖なる川が曲がる場所だからです。洪水が起きやすい場所ですが、そこを鎮めることで豊かな実りが保証されるということです。神様たちはここで直会(なおらい)という宴会を行います。神等去出祭が今もその伝統として残ってます。

古より日の沈む聖地:日御碕(ひのみさき)

神々の国、出雲の象徴する景色は西の突端、日御碕(ひのみさき)です。ダイナミックな岩が印象的です。経島(ふみしま)は神職しか足を踏み入れてはいけない聖地です。日御碕の夕日は古より日の沈む聖地と呼ばれてきた出雲国です。

ヤマタノオロチとスサノオノミコト

内陸の斐伊川(ひいかわ)ではヤマタノオロチの伝説があります。天上界から地上に降り立ったスサノオノミコトが退治しました。

願い橋で願いはかなう?

周辺には「願い橋」という珍しい橋があります。欄干が全くない橋です。願い事をして目を瞑って落ちずに渡れたら願いが叶う、と言われています。実際試してみるとちょっと怖いですよね。

斐伊神社の八本杉

願い橋の近くには独特の木が鬱蒼と茂る斐伊神社があります。八本杉がありますヤマタノオロチの頭をうめたので、その上に杉が生えていると言われています。上流には斐伊川から湧き出る温泉があります。湯野上館です。出雲湯村温泉は公衆浴場になっています。なんと1300年前の出雲国風土記にも書かれています。薬の湯ということで有名です。透き通ったお湯ですが古来から湯治場として愛されています。

温泉神社 テナヅチアシナヅチの神岩

近くには温泉神社があります。テナヅチアシナヅチの神岩があります。アシナヅチに触ると足の病気が治って駆け足が早くなると言われています 。テナヅチに触ると手の病気が治って文字が上達に書けるそろばんが上達すると言われています。大蛇退治を頼んだ夫婦が住んでいたということです、この家万歳山にあります。この近くの中学校には神楽部があります。もちろん演目はヤマタノオロチの伝説

スサノオノミコトのヤマタノオロチ退治伝説

大国主の祖先、須佐之男命は天上界で暴れるいたずらっ子で、兄妹の天照大神から追放されてしまいます。斐伊川でアシナヅチテナヅチの老夫婦に出会い、夫婦の娘が食い殺されたと言うことで退治を頼まれます。八つの酒樽を用意して、酒の匂いにつられたヤマタノオロチが酔いつぶれてしまいます。頭を切り落として見事退治しました。荒ぶる神様から優しい英雄に変わりました。テナヅチアシナヅチの生き残った8人目の娘と結ばれます。神様なのに問題児って面白いですよね。でもそこを反省して乗り越えるのがポイントです。

良縁や子宝に須我神社

スサノオノミコトが夫婦で住んだと言われるのが須我神社です。「我が心清々しい」と言っているので須我神社と呼ばれています。裏山には良縁や子宝があるというあらかたスポットがあります。天然の水で身を清める天然の禊の場です。かなり急な山なのでスニーカーぐらいでいいですが、歩きやすい格好で登ってくださいね。だいぶ登る登ると鳥居があって、ここから先が神域の奥宮です。急な傾斜の参道を上って行きます。大きな岩が夫婦岩で、三つの岩があります。スサノオノミコト夫婦と子供と言われています。寄り添うように並んでいます。57577の和歌の形に喜びを表したということです。「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を」と自分の心境をかけた歌です。夫婦岩からさらに山道を登っていきます。左右の石にも歌が彫られていますが、これは後に登った人が詠んだ歌だということです。30分ほど登ります。八雲山頂上は意外と平坦ですが、見晴らしは素晴らしいですね。出雲の豊かな自然を見下ろすことができます。

出雲の国4大神様の一人、佐太大神様(サダオオカミ)が誕生された「かかのくけど」

出雲地方といえば水木しげるさんですよね。アマビエの疫病退散も話題になりました。宍道湖では出雲の国4大神様の一人、佐太大神様(サダオオカミ)が誕生された場所です。灯台の下には洞窟があります。洞窟の中を通過します。幻想的ですよね。中には鳥居があります。この「かかのくけど」で母親が金の矢を放つと、洞窟の中が光り、隣の島まで貫通したと言われています。日本にもこんな素敵な場所があるんですね。

佐太神社の社が三つ並んだ特別な形式煮注目

ここから車で15分のところにあるのが佐太神社です。社が三つ並んだ特別な形式は日本でもかなりレアな場所です。

ぜんざい発祥の地?

ここは、あるスイーツが生まれた場所だとも言われています。小豆を少し塩で煮詰めて、茹でたお餅を入れます。小豆はめでたいものです。神様にお供えしてからいただきます。小豆のお雑煮はこちらでは正月にいただくものです。汁自体は甘くないので、お好みで砂糖をかけていただきます。佐太神社でも11月にはやおろずの神々を迎える神在祭が行われます。ここで小豆の雑煮が振る舞われたことから、お正月にいただくようになったと言うことです。 祭りが神在祭と呼ばれるので、この雑煮も神在餅(じんざいもち)と呼ばれています。これがなまって「ぜんざい」と呼ばれるようになったということです。神様の食べたおめでたい料理だったんです。

出雲大社と両参りがおすすめ 美保神社

西の出雲大社と両参りでより良い縁に恵まれる神社が東の端にあります。松江市美保関町です。港町の一番奥にドーンと鳥居がありますね。これが美保神社です。祀られているのは大国主の妻と息子の事代主神。全国では恵比寿様と呼ばれている神様です。漁業豊漁や商売繁盛の福の神様です。出雲大社の大国主は大黒様、そして息子の事代主は恵比寿様です

神様に仕えてその年の重要な役割を果たす「役前」

。美保関町には神様にお仕えする特別な氏子がいます。旗がかけられています。神様にお仕えする人が年に6人選ばれますが、その中の一人です。体から汚れを抜く修行して神様にお仕えします。365日、毎日急な坂を登って下ります。オオクニヌシを祀る客人社(まろうどしゃ)です。この社に仕えて常に綺麗にしておくとも役目です。神様に仕えてその年の重要な役割を果たすのが「役前」と言います。最大4年間従事します。課せられた修行や制約がいくつもあります。お肉が食べられない、身内の葬儀に参列できない、食事は一人で神棚の下で食べます、夫婦別々に寝なければいけません。美保神社の月次祭にも参加します。

頭人の修行はさらに厳しい

役前のトップは頭人と呼ばれます。より厳しい修行があり、神事の後に氏子に酒を配って周りります。神様に代わって街の人を見守ります。午前0時過ぎに紋付袴に着替えて街に出ます。一人で行かないといけません。他の人に会うと汚れを受ける、ということで誰かに会うと一からやり直さなければいけません。一人でみそぎを行い、村の中の十箇所にお参りします。町の人は会わないように隠れてくれるそうです。先輩達も行ってきたので、やらなければいけないという使命感があります。美保関の東突端にあらかたスポットがあります。鳥居の先の海の中にある島が沖の御前。息子が釣りをしていたということで、ここで大国主が相談をしたそうです。

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